訪問看護の法定研修は「研修だけ」では足りない|4つの柱と減算リスク、年間計画の作り方
年度の後半に入ってから、「今年の研修、まだ一度もできていない」と気づく。訪問看護ステーションの経営支援をしていると、この状態のご相談を毎年いただきます。日々の訪問を回すだけで手一杯になり、気がつけば年度末が近づいている。よくあることです。
法定研修は令和6年4月に完全義務化されました。それでも「研修さえ実施していれば大丈夫」と受け止められている事業所は少なくありません。運営指導で不足を指摘される例もよく耳にします。訪問看護の組織マネジメントを支援してきた立場から、法定研修の全体像を整理しました。減算のリスクと、無理なく回すための年間計画の作り方までお伝えします。
株式会社UPDATE 代表取締役(看護師・保健師・MBA) ケアプロ訪問看護ステーション東京にて新卒訪問看護師としてキャリアスタート。その後、訪問看護の現場・マネジメント経験の他、薬局や訪問看護運営するスタートアップ企業で40拠点・年商65億規模の経営を行い、上場企業へのグループインを実現。現在は医療職マネジメント人財を育成するためマネジメントスクールを運営中。
■経歴
2013年 慶應義塾大学 看護医療学部 卒業
2013年 ケアプロ株式会社入社
2019年 株式会社UPDATE(旧:ヘルスケア共創パートナー株式会社) 創業 代表取締役(現職)
2021年 GOOD AID株式会社 取締役(事業譲渡により退任)
2023年 セルフケア薬局 取締役(吸収合併により退任)
2023年 まちほけ株式会社 代表取締役(事業譲渡により退任)
■得意領域
医療系事業の組織マネジメント
教育体制構築
採用戦略・体制構築
教育体制構築
新卒訪問看護師の育成
管理職の育成
■保有資格・学位
看護師
保健師
経営学修士(MBA)
目次
国が求めているのは「研修」だけではない
「法定研修」という言葉に研修と入っているため、研修さえ開催すれば要件を満たすと思われがちです。しかし運営基準が求めるのは、研修の実施だけではありません。座学に加えた訓練、委員会の開催、指針や計画の整備、実施したことの記録。この一連のセットをまとめて法定研修と呼んでいます。
ここで見落とされやすいのが記録です。実施日時と内容、誰が参加したのかが残っていなければ、運営指導では実施していないのと同じ扱いになります。時間を使ったのに評価されないのは、もったいない話です。
4つの柱と、そこにぶら下がる減算
訪問看護における法定研修の柱は4つあります。感染症対策、BCP(業務継続計画)、高齢者虐待防止、ハラスメント対策です。このうち高齢者虐待防止とBCPには減算があり、経営に直結します。高齢者虐待防止措置未実施減算が1%、業務継続計画未策定減算が1%。それぞれ所定単位数から差し引かれます。
制度化の流れも押さえておきます。令和3年4月に運営基準へ規定され、3年間の経過措置を経て、令和6年4月に完全義務化されました。経過措置が終わった以上、今できていない部分は運営指導や減算の対象です。
さらに令和6年6月には、医療保険の運営に関する規定にも同様の内容が追加されました。介護保険の話だと考えている方もいますが、医療保険中心の事業所も対象です。明確な減算はないものの、対応していなければ指導の対象になります。加えて令和8年10月には、カスタマーハラスメント対策の義務化が控えています。
月商300万円のステーションで、年間72万円
1%と聞くと、わずかな額に感じるかもしれません。計算してみると印象が変わります。月商300万円のステーションで減算をひとつ受けると、年間でおよそ36万円。ふたつ重なれば72万円です。訪問看護の利益率を考えれば、小さな数字ではありません。
もうひとつ注意したいのが遡及です。運営指導では、実施していなかった過去の期間も含めて減算の対象になります。長く手をつけていなかったことが明らかになれば、返還額はさらに膨らみます。「後でまとめてやろう」がいちばん高くつくのは、このためです。
運営指導で指摘されるのは、だいたい同じ4パターン
指摘される内容は、ある程度決まっています。
- 実施はしているが、日時・内容・参加者の記録が残っていない
- 4つのテーマのうち一部しか実施していない(BCPだけ、感染症だけ)
- 指針や計画が雛形のままで、実態と乖離している
- 年1回の全体研修はあるが、新規採用者への研修が漏れている
3つ目の「雛形のまま」は特に多いです。厚生労働省をはじめ各所から様式がダウンロードできます。ただ、事業所名だけ差し替えて保存した状態では、整備したことになりません。災害が起きたとき、その計画を開いて動けるかどうか。そこが分かれ目です。
4つの柱、実務で押さえるところ
感染症対策は、在宅の手順に落とし込む
委員会をおおむね6か月に1回以上、指針の整備、年1回以上の研修と訓練。これが義務の中身です。実務で効くのは、標準予防策を訪問の手順に落とし込むことだと考えています。病院とは環境が違い、ご自宅でできる対策には限りがあります。その前提で、どこまでどうやるのかを具体化しておく。コロナ禍で積み上げた経験を文書と研修に変換するのが近道です。
BCPは、60点で一度通す
感染症のBCPと自然災害のBCP、両方の策定が必要です。どちらかが欠けていると減算の対象になります。作り込もうとすると際限がなく、途中で力尽きる事業所をよく見てきました。完璧を目指さず、60点でも一度最後まで通して作ってしまう。そのうえで訓練を行い、うまくいかなかったところを直す。この順番のほうが確実に進みます。
中身として外せないのが、利用者さんの対応優先度リストです。医療的な依存度の高い方から順に、定期的に見直しておく。あわせて安否確認の方法、参集の基準、縮小運営の判断基準を決めます。スタッフの半分が出勤できない、3分の1しか動けない。状況ごとに誰から訪問するかを決めておけるかで、初動が変わります。
高齢者虐待防止は、気づけるのが訪問職だから
委員会、指針の整備、研修の実施、担当者の選任。この4つのうちひとつでも欠けると減算になります。強調したいのは、家庭内の虐待に最初に気づける可能性が高いのは訪問職だということです。アザ、脱水、周囲の環境の変化。処置を終えて帰るだけでなく、こうしたサインに気づく意味と報告ルートを研修で共有しておきたいところです。
研修のテーマには、グレーゾーンを入れることをおすすめしています。言葉で行動を制してしまうスピーチロック、ご家族への口調、本人の意思を確認しないままのケア。意図的にやっている方はいません。それでも業務に追われるなかで、管理的な対応に傾くことはあります。判断に迷う場面を題材にするほうが、研修は自分ごとになります。
ハラスメント対策は「逃げていい」を先に伝えておく
方針の明確化と周知、相談窓口の設置、発生後の対応と再発防止。運営基準にはこう規定されています。実務でいちばん効くのは、リスクの高い訪問をルールで守ることです。2人訪問に切り替える基準、訪問を中断して退避する判断基準を決めておく。
訪問看護に携わる方は責任感が強く、危険を感じても利用者さんを置いて家を出ることにためらいが生まれます。だからこそ「何かあったらまず自分の身を守っていい」という認識を、事前に組織として共有しておきたいところです。一律に明文化しきれない部分は残るものの、何も決まっていなければ現場は迷ってしまいます。
受けた側を一人で抱えさせないことも欠かせません。ハラスメントはトラウマとして残り、訪問看護を続けられなくなる原因になります。相談があった時点で管理者と組織が一緒に対応し、記録に残す。ケアマネジャーや主治医への共有ルートも決めておきます。契約書と重要事項説明書への明記も、改善を促す土台になります。
会議を増やさず、まとめて回す
4つのテーマをすべてカバーしようとすると、委員会も研修も訓練も膨れ上がります。単独で日程を組んだ結果、どれも実施できなかった。これがいちばん避けたい状態です。
おすすめしているのは、既存の会議に組み込む設計です。月例のスタッフ会議の冒頭15分を委員会として開催する。複数の委員会を同じ日にまとめる。感染症の訓練とBCPの訓練を続けて実施する。会議体を増やすほど、開催と管理の工数が積み上がります。年間計画の段階で一体化しておくと、回る確率が上がります。
研修をe-learningに切り替えるのも手です。全員が集まれる日を探して2回3回と開催するのは、現場を持ちながらでは負担が大きすぎます。
記録は、一か所に集める
運営指導で見られるのは記録です。開催日時と内容、参加者、委員会の議事録、周知の記録、指針や計画を見直した履歴。実施しているのに記録が追いついていない事業所が本当に多いと感じます。
議事録を毎回ゼロから作っていると、書式も内容もばらついて、必要な項目が抜けます。議事録や受講リストはテンプレートを決めてしまう。そのうえで、クラウドでも紙でも構わないので保管場所を一か所にする。バラバラに管理していると、抜け漏れは必ず起きます。
今年度、まず手をつける4つ
今日から着手できることを挙げておきます。まず、4つのテーマの研修・訓練・委員会を年間計画に落とし込むこと。いつ何をやるかが決まらないまま放置されているなら、ここが出発点です。
次に、指針・BCP・担当者の選任など、足りていないものを揃えること。減算に直結する部分から埋めていきます。3つ目は、過去1年分の記録の点検です。完璧に揃っている事業所のほうが少ないはずです。抜けが見つかったら、今年度から確実に残る体制に切り替える。4つ目は、管理する場所をひとつにまとめることです。
法定研修は決められているからやる、という側面が確かにあります。ただ本来の目的は、職員と利用者さんを守ることです。災害や感染症、ハラスメントが起きたときに事業を止めないための準備でもあります。義務への対応であると同時に、事業を続けるための土台づくりだと捉えています。
体制づくりの優先順位に迷ったら
4つのテーマ、委員会、指針、記録。やるべきことは整理できても、日々の訪問を回しながら体制を整えるのは簡単ではありません。人手が足りないなかで何から手をつけるか、その優先順位で止まってしまう管理者の方を何人も見てきました。
マネジメントコーチでは、月1〜2回の定期ミーティングとチャット相談で伴走しています。運営体制の整備も、よく一緒に進めるテーマです。年間計画の組み方、記録の管理方法、指針や計画の見直しなど、事業所の状況に合わせて手を動かしながら整理していきます。
何から始めるべきか決まっていない段階でも構いません。無料のマネジメント相談で、いまの状態を一度整理してみませんか。法定研修に限らず、運営や組織づくりのご相談もお受けしています。
